アトピーへのまなざしatopic dermatitis

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私のアトピーと向き合うきっかけは第一子の誕生からでした。
子どもが生まれると、日々の生活は生命の息吹に穏やかな木漏れ日がさしてあたたかく包まれ、笑顔が溢れて「家族」という幸せを満喫できることが当たり前だと思っていました。
しかし私の子育ては娘の日々の成長に喜びを感じたり、彼女と花や木を慈しんだりする余裕はなく、毎日を過ごすことだけで手いっぱいでした。

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娘が3ヶ月になる頃、頬が赤らみはじめました。最初は乳児湿疹と診断され、母乳で育てているとよくある事とステロイドが含まれていない軟膏を処方されました。2週間たっても赤みは引くことなく、薬を変えましょうと2回目の受診でステロイドを処方されました。
こちらは塗布すると、赤みは引きますが肌の質感がなく、つるんとしたテカりを見せていました。そして塗布していない部位に湿疹が現れました。当時は小児科に通っていたので、もしかしたら処方が合わないのかもと考え肌の専門、皮膚科に通ってみようと病院を変えました。ここでもステロイド処方で、塗布した部位はきれいになる一方、別の部位で湿疹が広がるというイタチごっこでした。次第に頭に湿疹が出始め、アトピー性皮膚炎と診断されました。娘は痒さから自分で髪の毛をむしり始め、いつもぐずっていました。病院では手袋をはめて掻かせないようにと言われましたが気が付くと手袋は破れ、手や顔は血まみれになっていました。

ステロイドの使用と一向に良くならない現状に疑問を持ち始め、これではいけないと模索し始めたのが5か月を過ぎた頃でした。この頃は顔と頭しか症状として出てはいませんでしたが、背中をベッドなどの平らなところに付けるとセンサーが作動するように泣き出し、昼夜問わず抱っこ以外で寝かす事ができませんでした。そのため、夜は主人と2時間交代で抱きかかえ寝かしていました。また、1日を通して娘の機嫌は悪くなり始め、笑ったり機嫌よく遊んだりする瞬間はほとんどなく、良くも悪くもない「普通」の時が三十分あればよい方で、私と主人はこの時間を彼女の機嫌の良い時間だと認識していました。私たちは睡眠不足で食事をまともに摂ることも出来ず、次第に夫婦間に黒雲が立ち込め、会話も少なく口を開けば言い争っていました。
毎日があやしで終わる私の精神状態はすでに崩壊していました。外に出れば「可哀そうね」と声を掛けられ、「親や私がしてきた日頃の良くない行為が彼女に出るのだ」とも言われました。私はなぜこうなってしまったのか、私の何がいけないのか、どこを間違えてしまったのか、私は子どもを生んではいけなかったのか・・・この状態は一体いつまで続き私と娘はこの先どうなるのだろうと先の見えない怖さに翻弄されていました。この間、当時住んでいたマンションのベランダから何度飛び降りようと思ったことか数え切れません。

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6ヶ月を迎える冬の日、インターネットで病院を変えようと調べていると、ステロイドは使用せず、漢方と本人の免疫抗体の寛容で「アトピーは治る」と目を疑うようなホームページに出会いました。私は藁にもすがる思いとはこういう事だと思いながら診療終了間際に滑り込み、ある先生と出会う事となりました。 その先生は「必ずアトピーは治るよ、心配しなくていい、大丈夫!」と言って下さいました。この言葉、出口の見えない恐怖に囚われていた私の心にどんなに響き、安堵という安らぎを与えて下さったか計り知れません。この出会いが強い励みとなり私の精神は立ち直りました。
そしてその言葉を信じ漢方と食事療法が始まりました。 ステロイドを中止した途端、アッという間に体中に湿疹が現れ、手や足、背中は像のような皮膚をしていました。

この2か月後、生まれて初めて突然発熱し、病院に駆け込みましたが熱は引かず、疱疹のようなものが手首に出来ていました。翌日真冬の雪が積もる中、休日診療へ行くと先生は見るなり「ここでは診られないから大きい病院へ行って下さい」と娘を触ることもしませんでした。この時、すでに背中やお腹、腕に疱疹が広がっていました。雪も降り始め、毛布に包んだ娘を抱き市民病院へようやくたどり着くと、カポジ水痘様発疹と診断され入院しました。そして水痘様発疹の発症をきっかけに、入院中の担当の先生や周囲の家族からステロイドを使わない事を非難され、私が選択した道のりは親の勝手なエゴで自己満足に過ぎないと言われました。何一つ娘のためになっていないと。それがこの入院という結果だと。この時、心の底から悔みました。なぜ「ちゃんと」「普通」に産んであげられなかったのだろうと。

入院中、「普通じゃなくてごめんね、本当にごめんね」とミイラのように包帯に巻かれた8カ月の娘にずっと謝っていました。

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ある時、主人と出かけたレストランで私たちが食べていたパンを娘が欲しがったので、何げなく与えてしまいました。すると1時間ほどで見るも耐え難いじんましんで体中を覆われました。通常耳は頭に沿ってありますが、この時は顔の真横に垂直に跳ね上がっていました。今だかつて見たことのない状態に困惑しました。血液検査で乳化剤の項目などありませんし、添加物でこんなにも激しくアレルギー反応を起こすとは考えもしていませんでした。原因が乳化剤と分かるまで何度もじんましんを出させてしまいました。 もしかしたら私は間違えているかもしれない、正しい選択とはなんだろうと考えるようになってまた足元がグラつき始めました。主人との会話では「ねぇ、私間違えている?」「この子幸せなのかな」が口癖のようになっていました。その度、「大丈夫、君の努力と思いの強さは他の人には分からないよ、他の誰でもなく選択出来るのは親で、彼女の為に思った行為は必ず彼女の幸せに繋がるよ」と私の選択をずっと肯定し、励まし、協力してくれました。

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娘の体を信じ、ステロイドを使わない、漢方と食事、私と主人の努力で乗り切ると決断してからもすぐに表れない結果に焦り、何度もなんどもくじけそうになりました。すぐそばにある利便性と嗜好性に溢れた食事を選択しない難しさ、365日朝昼夜の食事に一切手を抜かずに手づくりを継続することの難しさ、本当の意味の優しい選択をする難しさ。これらの難しい選択は主人の協力なくしては乗り越えられない道のりでした。そしてなにより、小さな体で一生懸命一番頑張ってくれた娘のおかげで私の心は強く持つことができ、決断と継続を実践できたと感じています。

ただひたすら彼女の幸せを願い歩み続けた4年間、今年の夏は本当に穏やかです。

まだアトピー・アレルギーと付き合っていかなければいけませんが、付き合い方の一つの方法として私の選択は間違えていなかったと確信を持っています。私の場合、アトピーとアレルギーの出会いから様々な経験や学びをもらい、決して悪いものではなかったと言えます。

Alaimentは、アトピー、アレルギーでお悩みの方の歩みを心により添って支え、一緒に乗り越えていきます。